研究・学会発表
頭皮マッサージが毛乳頭細胞へ物理刺激を伝え、毛径を増大させる可能性について
(Standardized Scalp Massage Results in Increased Hair Thickness by Inducing Stretching Forces to Dermal Papilla Cells in the Subcutaneous Tissue.)
はじめに
頭皮ケアの一つとして従来から頭皮マッサージが用いられてきた。毛髪は頭皮に存在する皮膚付属器の一つで、上皮系細胞である毛母細胞が角化したものである。毛母細胞は間葉系細胞である毛乳頭細胞の上に位置している。毛乳頭細胞が各種シグナルを伝達する司令塔として毛母細胞の増殖・分化を調整し、毛髪の成長をコントロールしている7)。我々は頭皮マッサージを、毛髪を構成する細胞に物理刺激を伝達する手段と捉え、物理刺激が毛乳頭細胞に与える影響を検討することにした。また、ヒトの頭皮に6か月間にわたりマッサージを行ない、フォトトリコグラム試験によって毛髪の数、毛径、伸長速度を計測し客観的評価をおこなった。一定のマッサージを継続して再現するために市販の家電製品の頭皮マッサージマシンを利用した。最後に、頭皮マッサージマシンが毛乳頭細胞の存在する頭皮の皮下組織に力学的刺激を波及させることができるのか、Finite element methodを用いてコンピュータシミュレーションで解析した。
実験方法
- 1. 伸展刺激がヒト毛乳頭細胞の遺伝子発現に及ぼす影響の検討
- 2. 頭皮マッサージが毛髪に及ぼす影響の検討
- 3. 頭皮マッサージマシンが毛乳頭に及ぼす力学的影響の検討
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頭皮マッサージマシンEH-HE96が、毛乳頭の存在する頭皮の皮下組織に力学的影響を及ぼしうるのか、Finite element method(FEM)解析にて検討した。FEMとは複雑な形状・性質をもつ対象物を単純な要素に分割して解析することで、近似的に対象物全体の挙動を予測することを目的とした解析手法である。頭皮は、表皮、真皮、皮下組織、帽状腱膜と頭蓋骨の5つの層に分割し、変位とミーゼス応力を解析した
結果と考察
- 1. 伸展刺激がヒト毛乳頭細胞の遺伝子発現に及ぼす影響の検討
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伸展刺激下で培養したヒト毛乳頭細胞では、伸展刺激を与えずに培養したヒト毛乳頭細胞と比較して、2655遺伝子で2倍以上の発現量の増加を認め、2823遺伝子で2分の1以下までの発現量の減少を認めた。ヒト毛乳頭細胞の遺伝子発現が力学的刺激にダイナミックに反応することを確認した。網羅的解析で力学的刺激に反応を示した遺伝子群の中で、毛周期に関連するBMP4、Noggin、Smad4についてはRT-PCRでも発現の増加を確認できた。またIL6の発現抑制もRT-PCRで確認できた(図4)。IL6は男性型脱毛症においてジヒドロテストステロンから誘導され脱毛を促進するサイトカインである。毛乳頭細胞に適切な強さと時間で力学的刺激を加えれば、発毛の促進や脱毛の抑制につながる遺伝子の発現を選択的に誘導することも可能になるかもしれない。
RT-PCRにより伸展刺激下で培養したヒト毛乳頭細胞において、毛周期に関連する遺伝子(BMP4, Noggin, SMAD4)の発現増加と、脱毛を誘導するIL6の発現抑制を確認した。
- 2. 頭皮マッサージが毛髪に及ぼす影響の検討
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マッサージ開始前、4週目、12週目、24週目のマッサージ部位及びコントロール部位での毛髪の数、毛径、伸長速度についてグラフに示した(図5)。マッサージ部位では24週の時点で毛径の有意な増加を確認できた。
頭皮をマッサージすることによって、毛の本数や伸びに変化は見られなかったものの、毛髪の太さが増大することが確認された。
- 3. 頭皮マッサージマシンが毛乳頭に及ぼす力学的影響の検討
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FEM解析により、頭皮マッサージマシンの使用で頭皮の表面が水平方向に移動すること、また、毛乳頭の存在する皮下組織にはZ軸方向の変位と波状応力が発生することが示された(図6、7)。
上記解析によると頭皮マッサージマシンによる頭皮表面の水平方向の移動に伴い、皮下組織では波状応力が生じることが示された。
おわりに
頭皮マッサージについてリラックス効果、血流改善効果などの報告はあるものの、毛髪に及ぼす影響を充分に検証した研究は少ない。我々は24週にわたる頭皮マッサージで健常男性の毛径が増大することを確認した。また、そのメカニズムとして、毛髪の成長をコントロールする毛乳頭へ伝わった力学的刺激が毛周期に関与する遺伝子の発現に影響を及ぼしている可能性を示した。生体における物理刺激の役割を解明し、応用する生物学をメカノバイオロジー(Mechanobiology)という。皮膚では創傷治癒や肥厚性瘢痕などを対象にメカノバイオロジーの研究がなされているが、皮膚付属器である毛髪を対象にしたメカノバイオロジーの研究は本研究がはじめての試みである。今後は毛髪のメカノバイオロジーと薬剤の組み合わせによる遺伝子発現の変化を測定し、毛髪再生や脱毛症治療の一助となる研究につなげていきたい。
著者:Koyama T, Kobayashi K, Hama T, Murakami K, Ogawa R.
論文:Eplasty. 2016 Jan 25;16:e8. eCollection 2016.